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神戸地方裁判所 昭和32年(わ)867号 判決

被告人 真崎輝幸

主文

被告人を無期懲役に処する。

押収にかかるシート一枚(証第二十三号)、懐中電灯一個(証第二十四号)、国防色シヤツ一着(証第二十五号)、作業ズボン二着(証第二十六号の一、二)、定規二個(証第三十一号の一、二)、船員手帖一冊(証第三十四号)、大学ノート三冊(証第三十五号の一乃至三)、航海日誌一冊(証第三十六号)、海員名簿二冊(証第三十七号の一、二)、木船運送事業登録証一通(証第三十八号)、神戸銀行普通預金通帳一冊(証第三十九号)、風呂敷一枚(証第四十号)をいずれも被害者大堀清実の相続人に還付する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は本籍地で生れ、中学校卒業後、一時郷里の土地改良組合の現場工事や醤油販売店の店員をし、その後は両親の下で農業の手伝などをしていたが、昭和三十年十月頃高校生を脅迫して金銭を喝取したため、家庭裁判所で保護観察の処分を受け、更に翌三十一年四月頃再度同種の恐喝をしたため同裁判所で試験観察に付せられていたので、同年十月中旬頃無断で家を飛出し、神戸に来て鰯網漁業の人夫をしているうち、同年十一月二十日頃当時神戸港で瀬取荷役をしていた機帆船幸栄丸(三十屯位)の船長大堀清実(昭和七年十月十五日生)に月五千円の給料で雇われ、機関員として働くようになつたが、昭和三十二年三月頃右大堀船長が同船を売払つたため一時他の船に雇われ、同年六月頃右大堀が機帆船亀吉丸(六十屯)を買入れるとともに再び同船の機関長として雇われ、貨物の運送に従事していたものである。

ところが、被告人はかねてから遊興費に窮していた上に、機械の扱いが未熟のため、同船長から屡々叱られたことがあり、いつか同船長の金品を奪い取つてやろうと考えていたところ、たまたま同年七月十九日午後四時半頃前記亀吉丸に大堀船長と二人で乗組み、大阪市浪速区木津川町二丁目加藤海運大阪支店木津川桟橋を発し神戸港に向け航行中、同日午後九時頃神戸市東灘区本庄町深江沖にさしかかつた際、被告人が機関室で注油器の網の蓋をとつたまま注油していたのを船長にきつくとがめられたことにいたく憤激し、いつそのこと船長を殺して同人の所持する金品はもとより船をも奪つて売却しようと決意し、同船の炊事場にあつた出刃庖丁を携えて操舵室に入り、操舵中の大堀船長の不意を狙つて右出刃庖丁をつきつけ、「外へ出ろ」と申向けて甲板に連れ出し、庖丁を擬しつつ、「これまでえらそうにぬかしたな、今日は勘忍ならぬ、俺の気のすむまで縛らせ、動くと突き殺すぞ」と脅迫して、同船長の抵抗を抑圧し、マニラロープで同人の手および胴体を堅く縛りあげ、更に艫錨を結びつけ、同船長が哀訴嘆願して助命を求めるや、手拭で猿ぐつわをはめて海中に突き落し、もつて同人を間もなく溺死させて殺害したうえ、同人所有の現金二千八十円、三千十九円預入れの神戸銀行預金通帳一冊(証第三十九号)衣類三点(証第二十五号、第二十六号の一、二)懐中電灯一個(証第二十四号)定規二個(証第三十一号の一、二)船員手帳一冊(証第三十四号)大学ノート三冊(証第三十五号の一乃至三)航海日誌一冊(証第三十六号)海員名簿二冊(証第三十七号の一、二)木船運送事業登録証一通(証第三十八号)風呂敷一枚(証第四十号)並びに亀吉丸及びシートその他同船備品(時価六十万円位相当)等を強取したものである。

(証拠の標目)(略)

(被告人および弁護人の主張に対する判断)

被告人は第五回公判期日において被告人が船長を縛つたのは単に脅すためで殺すつもりはなかつたが、殺されることを恐れた船長が被告人を海につき落そうとしてつきかかつてきたので被告人がそれをさけた為船長自ら誤つて海中に落ち死んだものである。と主張するが、両手や身体を堅く縛られて反抗を抑圧された船長が刃物を携えている被告人につきかかつていつて誤つて海中に落ちたという供述は不自然な供述であるばかりでなく、前掲各証拠によつて明らかであるように、船長の両手を緊縛した上、艫錨を結びつけたことから考えると、被告人の検察官に対する供述調書四通、司法警察員に対する昭和三十二年八月五日付、八月十二日付の各供述調書および第一回公判調書中の被告人の供述記載において被告人が認めているように、被告人が殺意をもつて船長をつき落したものであると認めるのが相当である。

又弁護人は本件犯行当時、被告人が三千八百円所持していたこと、船長が大金を所持していたとは認められないこと、被告人が売却したのは船そのものではなく船のエンヂンだけであること等から考えると、被告人が船長を殺害したのは金品および船を強取する目的からではないから本件は強盗殺人ではないと主張するが、被告人に二回の恐喝罪の非行があること、本件犯行によつて得た金が主として女遊びに使われていること、シート、エンヂンその他機械等容易に金に換わりうるものは極力これを売却していること等を考えると、被告人の検察官に対する第二回および第四回各供述調書によつてみとめられる「船及び金品を奪つて女遊びをしたかつたから船長を殺した」旨の供述、司法警察員に対する昭和三十二年八月五日付、八月十二日付の各供述調書によつてみとめられる「船を奪うつもりで船長を殺した」旨の供述はいづれも真実であると認められ、又被告人の検察官に対する第四回供述調書で認められるように、エンヂン等だけを売却したのはたまたま船を奪つた後船全体を売却することの困難であることがわかつたにすぎないと考えられる。したがつて弁護人の右主張は採用しがたい。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法第二百四十条後段に該当するところ、本件犯行はその殺害方法において惨忍を極め、その犯行動機並びに犯行後の情状についても憫諒すべき点がないのみならず、改悛の情も認められないが、被告人の年令その他諸般の事情を考慮して所定刑中無期懲役を選択するのを相当と認め、被告人を無期懲役に処する。押収にかかる主文第二項掲記の物件はいずれも本件犯罪の賍物であつて、被害者に還付すべき理由が明らかであるから刑事訴訟法第三百四十七条第一項を適用して被害者大堀清美の相続人に還付すべきものである。なお訴訟費用については被告人が貧困のため納付することのできないことが明らかであるから同法第百八十一条第一項但書を適用して被告人に負担させないことにする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石丸弘衛 栄枝清一郎 山本茂)

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